バイオリンここに極まる! / 20世紀の巨匠バイオリニストを3人紹介

ポイント本日は上手いバイオリニストを3人選出!

共感や異論それぞれあるかと思いますが、突っ込みながら楽しんでください!

【巨匠指揮者】知っておきたい偉大なる有名指揮者たち4選

マイクセッティングを覚えるためにオーケストラを聴きにいこう

ヤッシャ・ハイフェッツ

引用:Wikipedia

Yasha Ruvimovich Heifetz

1901年2月2日 – 1987年12月10日(86歳没)

20世紀を代表するヴァイオリニストであり、「ヴァイオリニストの王」と称されていました。

ジム・ホイル ( Jim Hoyle ) 名義で作曲活動も行っていました。

ハイフェッツはロシア帝国領ヴィリナ (現リトアニア領ヴィリニュス) にユダヤ人として生まれます。

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3歳でヴァイオリンを始め、神童と呼ばれ、5歳でレオポルト・アウアー門下のイリヤ・ダヴィドヴィチ・マルキンに師事。

7歳でメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を演奏し、デビューを果たします。

1910年に、レオポルト・アウアーに師事するため、サンクトペテルブルク音楽院に入学。

サンクトペテルブルク音楽院(Wikipedia)

1917年にはカーネギー・ホールでアメリカデビューも果たします。

同年のロシア革命を避けるため、そのままアメリカ在住の道を選び、1925年にアメリカの市民権を得ました。

音楽のみならず興味を持ったことに対する極度の完璧主義と、潔癖性癖の持ち主だったが、高知能者ギフテッドであったことを指摘する声もあがっています。

1972年に演奏活動から退き、1987年にロサンゼルスにて死去。

完璧主義なスタイルだけあって、演奏はまさに完璧です。

たくさん名演が残されていますが、筆者は特に彼のバッハが大好きです。完璧主義ならではの完璧にコントロール&プログラムされたバッハを「人間」が演奏するということのロマンを彼の演奏から感じ取ることができます。

是非無伴奏での演奏を聴いてみてください。

彼の完璧主義的な演奏スタイルを存分に味わうことができます。

ポイントこちらは晩年教鞭をとっていた南カリフォルニア大学音楽部の学生と教授陣の勉学の資金調達のために、1972年、当時71歳のハイフェッツが開いた慈善コンサートの模様を収めたライヴ・アルバムです。
バイオリンという楽器の一つの完成モデルがここにあります。

ギドン・クレーメル

引用:Wikipedia

Gidon Markusovich Kremer

1947年2月27日生まれ。

ラトビア(生誕当時はソビエト社会主義共和国連邦)リガ出身の、ドイツ国籍を持つヴァイオリニストで指揮者です。

4歳の時から高名なヴァイオリニストでもある父と祖父よりヴァイオリンを習い始めます。

7歳の時にリガの音楽学校へ入学、16歳で早くも国内の音楽コンクールで優勝したりしていました。

その後モスクワ音楽院へ進学し、当時教壇に立っていたダヴィッド・オイストラフ(次に登場)に8年間師事します。

チェックオイストラフとクレーメルの聴き比べはまさに師弟関係という感じで聴いていて本当に面白いです。

1967年、22歳の時にブリュッセルで開かれたエリザベート王妃国際音楽コンクールにて3位に入賞し、1969年のパガニーニ国際コンクールでは優勝、翌1970年のモスクワで開かれたチャイコフスキー国際コンクールでも優勝します。

この時に録音された作品が筆者の中では本当に最高傑作です。
残念ながらデジタル化されておらず、レコードでも中古市場を気長に探し続けるしかありません。
中古でお探しの際はSX68という文字の入っていないレコード盤を探してください。
詳しくはこの記事で。

【究極の録音上達法】良い音を聴くためのおすすめ音楽作品7選

ソヴィエト連邦内のツアーを行った後、1975年にドイツで初めてのコンサートを開き、西側ヨーロッパでの鮮烈なデビューを飾りました。

1977年にはニューヨークへも進出し、アメリカでも名声を博します。

使用楽器は、ストラディバリ、1730年製グァルネリ・デル・ジェス“エクス・ダヴィッド”等を経、現在は1641年製ニコロ・アマティ。

自伝を含めた3冊の著作は日本語にも翻訳されている(『琴線の触れ合い』『小さなヴァイオリン』『クレーメル青春譜』)。

私生活では3度の結婚歴があり、2度目の妻はピアニストのエレーナ・バシュキロワ。

彼女はクレーメルと離婚後にダニエル・バレンボイムと再婚しています。

やはり無伴奏のバッハは外せないですね。

CD化されている音源で筆者が一番好きなのがこのアルバム。

ストラヴィンスキー、シュトックハウゼン、シュニトケという現代音楽作曲家の作品を楽しめます。

ダヴィッド・オイストラフ

引用:Wikipedia

1908年9月30日 – 1974年10月24日(66歳没)は、ロシア帝国のオデッサ(現:ウクライナ)出身のユダヤ系ヴァイオリニストです。

DAU. ナターシャ ~ ソ連のハニートラップ手法 / 感想と解説

5歳からヴァイオリンとビオラをピョートル・ストリャルスキーについて学びました。

1922年にソヴィエト連邦が成立した翌年、1923年からオデッサ音楽演劇学院で学び、1926年に卒業しました。

音楽院でオイストラフは和声とポリフォニーをニコライ・ヴィリンスキーの下で学びます。

さらに学生でありながら、オイストラフはオデッサ交響楽団でソリストあるいは指揮者としても活動していました。

1928年にソリストとしてレニングラードでデビュー。

その後、モスクワ音楽院で教鞭を執るかたわら演奏活動を続けますが、ソ連が第二次世界大戦に参戦すると、最前線に出て慰問演奏を行ないました。

1974年にアムステルダムで演奏旅行中に客死、遺体はモスクワに送られ、同地で埋葬されています。

使用楽器は1705年製ストラディヴァリウス「マルシック」。

チャイコフスキーやブラームスが得意と言われるオイストラフ。

本当に素晴らしい演奏を聴かせてくれます。

これらの音源や映像資料も大変貴重で素晴らしいですが、やはりなんといっても、チャイコフスキーのコンチェルトは聴いて欲しい。。。

いえ、持っておきたい。

そんな文化的財産のようなチャイコフスキーのコンチェルトはこちら
↓↓↓

見事な貫禄を感じる逸品。
弟子のギドンクレーメルのチャイコフスキーコンチェルトとの聴き比べは師弟愛が感じられ大変楽しめます!

もちろん他にも素晴らしいバイオリニストはたくさんいますが、筆者がいつも聴いている三人をピックアップして紹介させていただきました。

みなさんの参考になれば幸いです。

Kotaro
Kotaro
服部 洸太郎
音大を卒業後ピアニストとして活動。
自身のピアノトリオで活動後北欧スウェーデンにてシンガーアーティストLindha Kallerdahlと声帯とピアノによる即興哲学を研究。
その後ドイツへ渡りケルンにてAchim Tangと共に作品制作。
帰国後、金田式電流伝送DC録音の名手:五島昭彦氏のスタジオ「タイムマシンレコード」にアシスタントとして弟子入りし、録音エンジニアとしての活動開始。
独立後、音楽レーベル「芸術工房Pinocoa(現在はKotaro Studioに統合)」を立ち上げ、タンゴやクラシックなどのアコースティック音楽作品を多数プロデュース。
その後、秋山庄太郎氏後継の写真スタジオ「村上アーカイブス」でサウンドデザイナー兼音響担当として映像制作チームに参加。
村上宏治氏の元で本格的に写真、映像技術を学ぶ。
祖父母の在宅介護をきっかけにプログラムの世界に興味を持ち、介護で使えるプログラムをM5Stackを使って自作。
株式会社 ジオセンスの代表取締役社長:小林一英氏よりプログラムを学ぶ。
現在はKotaro Studioにてアルゼンチンタンゴをはじめとした民族音楽に関する文化の研究、ピアノ音響、さらに432hz周波数を使った癒しのサウンドを研究中。
スタジオでは「誰かのためにただここに在る」をコンセプトに、誰がいつ訪れても安心感が得られる場所、サイトを模索中。