バルナック型沈胴式ライカレンズの歴史・Summicron L 50mm F2 を購入

この記事についてバルナック型ライカといえば沈胴式レンズ。
その中でもズミクロンはライカと言えばズミクロンとも言われるほどスタンダード且つライカの代名詞ともなっています。
沈胴タイプのライカレンズはM型ライカが発売されるまで製造されていますので、全種類揃えちゃったという方もいらっしゃるかもしれません。
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本日は簡単に沈胴式ライカレンズの歴史について紹介していきます。

バルナック型ライカの歴史を辿る / Oskar Barnack

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バルナック型沈胴レンズの歴史

1930年:Elmar 50mm F3.5

オールドレンズに少しでも興味を持った方が最初に辿り着く場所がこのElmar 50mm F3.5かもしれません。

それほど有名なバルナック型ライカの元祖沈胴式ライカレンズです。

  • 1930年発売
  • 総製造数:310000本
  • シリアル:なし~760000
  • レンズ構成:3群4枚
  • 最小絞り:f18、f16、f22
  • 最短撮影距離:1m
  • フィルター径:36㎜

シリアル番号がないものは市場でも特にレアな存在です。

バルナックA型(Ⅰ型)時代のものであり、最古のバルナックレンズと言っていいでしょう。

コーティングは戦後モデルから。

1931年:Hektor 50mm f2.5

  • 1931年発売
  • 総製造本数:9646本
  • シリアル:なし〜350000
  • レンズ構成:3群6枚
  • 最小絞り:f18
  • 最短撮影距離:1m
  • フィルター径:36mm
  • フード:FIKUS(12530)

初期のものにはは無限遠のロックがありませんでした。

製造本数の少なさから中古市場でも見かけることは珍しく、状態のいいものがなかなか手に入りにくいレンズの一つとなっています。

1933年:Summar 50mm F2

  • 1933年
  • 総製造本数:122860本 (内2000本は固定鏡胴)
  • シリアル:156000-540000
  • レンズ構成:4群6枚
  • 最小絞り:f18、f12.5
  • 最短撮影距離:1m
  • フィルター径:36mm
  • フード:FIKUS(12530)、SOOMP

発売当初は固定鏡胴だったが、すぐに沈胴式に変更となりました。

沈胴タイプのものは製造本数の多さから比較的安価で手に入りやすいですが、固定鏡胴は2000本しか造られていないため、中古市場では特にプレミア価格がついており、貴重な存在となっています。

1939年:Summitar 50mm F2

  • 1939年発売
  • 総製造本数:170761本
  • シリアル:488000-1236000
  • レンズ構成:3群6枚
  • 最小絞り:f12.5、f16
  • 最短撮影距離:1m
  • フィルター径:36mm
  • フード:SOOPD

ズマールの後続レンズです。

絞りはシリアルNo.611000まではf12.5。

その後からはf16まで絞れるようになります。

絞りも形も2種類あり、角形ものが6枚羽の丸形になった。

中古市場ではかなりのレアの存在としては、ズミクロンの試作としてレンズ構成がズミクロンで、鏡胴はズミタールのままのものがあり、名前はSummitar*と刻印してあり、高値で取引されます。

1945年:Wollensak Velostigmat 50mm F3.5

  • 1945年
  • 製造本数:不明
  • シリアル:不明
  • レンズ構成:3群4枚
  • 最小絞り:f16
  • 最短撮影距離:1m
  • フィルター径:36㎜

ウォーレンサック社のベロスチグマットと読みます。

アメリカのレンズメーカーであるウォーレンサック社に作らせたレンズで、当時のバルナックⅡ型用として販売されていました。

アメリカの会社に外注となったのは、第二次世界大戦、ドイツの敗戦により、ドイツ国内での製造が追いつかなかったという経緯があると言われています。

そのため、新作レンズというよりは、エルマーのコピーレンズと言われています。

1953年:Summicron 50mm F2

Sony a6500 + Makro-Planar CF 120mm F4 T*

Hasselblad Makro-Planar CF 120mm F4 T* レビュー

筆者がバルナック型ライカで選んだレンズがこちらのズミクロン。

  • 1953年発売
  • 製造本数:60680本
  • シリアル:920000-1750000
  • レンズ構成:6群7枚
  • 最小絞り:f16
  • 最短撮影距離:1m
  • フィルター径:39mm
  • フード:ITOOY(1580)、IROOA(12571)またはSOOPD、SOOFM

ズミタールの後続レンズとして登場したのがズミクロンF2.0。

1953年からバルナック型ライカからM型ライカへと移行していきました。

最終的にバルナック型ライカはⅢgまで発売されています。(1956年~1960年に製造され、最終型となりました。)

ライカと言えばズミクロンと言うほどのベストセラーモデルとなり、「空気レンズ」を採用しました。

シリアル番号92万台はトリウムの経年変化のためレンズが黄色くなっています。

M型ライカ用の固定鏡胴ズミクロンも約1160本Lスクリューマウントで発売されていますが、数も限られているため見つけるのは非常に困難な上、高値で取引されています。

沈胴式ライカレンズの完成系とも言えるズミクロン。

沈胴式ライカレンズの中でも比較的新しいタイプですので、状態が良いものを見つけやすいモデルとも言えます。

Summicron 50mm F2リリースの年の世界

さて、ズミクロンもう少し深く掘り下げてみたいと思います。

Summicron 50mm F2がリリースされた1953年はどんな世界だったのでしょうか。

気になるニュースをピックアップしてみました。

  • 2月1日 : NHKが日本で初のテレビジョン本放送を東京で開始。
  • 3月5日 : ソ連の指導者・スターリンが死去
  • 4月 : 永谷園(当時:永谷園本舗)設立
  • 4月 : 大塚製薬工場、「オロナインH軟膏」(当時:オロナイン軟膏)発売。
  • 10月1日 : 米韓相互防衛条約調印。
  • 12月1日 : 板垣退助像の百円紙幣(日本銀行券B百円券)発行開始。
  • 12月25日 : 奄美群島が日本に返還。

この年、各地のテレビ局が開局し、全国的に放送が始まりました。

オロナインH軟膏は今でも現役で愛され続けていますよね。

当時からレシピは変わらないのでしょうか。

歴史とロマン溢れる現役で実用できる実力派のオールドレンズです。

永く大切に使っていきたいと思います。

(作例:準備中)

Kotaro
Kotaro
服部 洸太郎
音大を卒業後ピアニストとして活動。
自身のピアノトリオで活動後北欧スウェーデンにてシンガーアーティストLindha Kallerdahlと声帯とピアノによる即興哲学を研究。
その後ドイツへ渡りケルンにてAchim Tangと共に作品制作。
帰国後、金田式電流伝送DC録音の名手:五島昭彦氏のスタジオ「タイムマシンレコード」にアシスタントとして弟子入りし、録音エンジニアとしての活動開始。
独立後、音楽レーベル「芸術工房Pinocoa(現在はKotaro Studioに統合)」を立ち上げ、タンゴやクラシックなどのアコースティック音楽作品を多数プロデュース。
その後、秋山庄太郎氏後継の写真スタジオ「村上アーカイブス」でサウンドデザイナー兼音響担当として映像制作チームに参加。
村上宏治氏の元で本格的に写真、映像技術を学ぶ。
祖父母の在宅介護をきっかけにプログラムの世界に興味を持ち、介護で使えるプログラムをM5Stackを使って自作。
株式会社 ジオセンスの代表取締役社長:小林一英氏よりプログラムを学ぶ。
現在はKotaro Studioにてアルゼンチンタンゴをはじめとした民族音楽に関する文化の研究、ピアノ音響、さらに432hz周波数を使った癒しのサウンドを研究中。
スタジオでは「誰かのためにただここに在る」をコンセプトに、誰がいつ訪れても安心感が得られる場所、サイトを模索中。