【完全保存版】「鉄の味」で音は決まる〜伝説のオーディオトランス・ブランド図鑑
この記事の目次
「このマイクプリ、Neveっぽい音がする」
「これはAPI系のパンチがある音だね」
録音エンジニアは、機材の音を聴いただけで、そのルーツをなんとなく言い当てることができます。
音のキャラクターや特徴はどこで決まるのか?把握できているからです。
中でもトランスは重要な部分。
トランスってなに?まだ知らない方はnoteの記事にて詳しく解説しています。
トランスはただの変圧器ではなく「音の調味料」として機能します。
イギリスの鉄にはイギリスの霧のような湿り気があり、アメリカの鉄には乾いたパンチがある。
今回は、世界の名録音を支えてきた「4大トランスブランド」の特徴と、それが搭載されている代表的な機材、そして「中身の見分け方」までを徹底網羅していきます。
この記事を担当:朝比奈幸太郎
1986年生まれ
音大卒業後日本、スウェーデン、ドイツにて音楽活動
ドイツで「ピアノとコントラバスのためのソナタ」をリリースし、ステファン・デザイアーからマルチマイク技術を学び帰国
帰国後、金田式DC録音専門レーベル”タイムマシンレコード”て音響を学ぶ
独立後芸術工房Pinocoaを結成しアルゼンチンタンゴ音楽を専門にプロデュース
その後写真・映像スタジオで音響担当を経験、写真を学ぶ
現在はヒーリングサウンド専門の音楽ブランド[Curanz Sounds]を立ち上げ、音楽家, 音響エンジニア,として活動
五島昭彦氏より金田式DC録音の技術を承継中
当サイトでは音響エンジニアとしての経験、写真スタジオで学んだ経験を活かし、制作機材の解説や紹介をしています。
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なぜ「ブランド」で音が変わるのか?
トランスの正体、、、構造といえば、実は「鉄心(コア)」に「銅線(コイル)」を巻いただけなんです。
しかし、ラーメンのスープと同じで、レシピが違えば味は激変します。
- コアの素材: ニッケルが多いとクリア、鉄が多いと飽和しやすい(太い)。
- 巻き方: 手巻きか機械巻きか、何層に巻くか。
各メーカーは創業以来、この「秘伝のタレ(レシピ)」を守り続けています。
だからこそ、ブランドごとに明確な「音のキャラ」が存在するわけですね。
ここから世界中のトランスブランドを見て行きましょう。
【英国の王】Carnhill(カーンヒル)/ St. Ives
—— 「Neveの音」の正体。濃厚でクリーミー。
国: イギリス
音の傾向:「The British Sound」そのもの
中低域に独特の盛り上がり(バンプ)があり、とにかく太いサウンドが特徴です。
高域は少し丸まり、「クリーミー」「シルキー」と表現されることが多いトランス。
サチュレーション(歪み)が豊かで、通すだけでロックな音になります。
搭載機材:AMS Neve 1073(現行品)、Heritage Audio、BAE などのNeveクローン系、Chandler Limited
ヴィンテージのNeveには「Marinair(マリンエア)」や「St. Ives(セント・アイブス)」というトランスが使われていました。
CarnhillはSt. Ivesの工場を引き継いだ後継者となります。
赤いラベルや青いラベルが目印。
【米国の標準】Jensen(ジェンセン)
—— 科学的でワイドレンジ。DIの代名詞。
国: アメリカ
音の傾向:「Hi-Fiで音楽的」
トランス特有の歪みが少なく、下から上までスッと伸びる傾向があります。
しかしトランスレスのような冷たさはなく、適度なまとまりを見せてくれます。
「優等生」な音。
搭載機材:Radial JDI(あの緑色のDIボックスの中身!)、John Hardy のマイクプリ
1970年代の一部のAPI製品。
「とりあえずJensenを入れておけば間違いない」と言われるほど信頼性が高いトランス。
RadialのDIが高い理由は、中にこの高級トランスが入っているから。
【北欧の貴族】Lundahl(ルンダール)
—— 透明度No.1。クラシックから放送まで。
国: スウェーデン
音の傾向:「世界一透明なトランス」
歪みが極限まで抑えられており、一聴するとトランスレスと間違えるほどクリアなのが特徴です。
しかし、高域に「ガラス細工のような艶」があり、高級感が出る。
低域はブーミーにならず、タイトで正確。
搭載機材:Sound Devices 302(入力段に Lundahl LL1676 あるいは LL1527)、Focusrite ISAシリーズ、Tube-Tech(真空管コンプ)
「トランス=音が濁る」という常識を覆したブランド。
クラシック録音でトランスを使うならルンダール一択です。
【ハリウッドの暴れん坊】CineMag(シネマグ)
—— パンチとエッジ。APIやUAの心臓。
国: アメリカ
音の傾向:「アメリカン・ロックの音」。
中高域にガッツがあり、パンチ(アタック感)が強いのが特徴です。
ドラムやエレキギターを通すと、前にグイッと出てきます。
搭載機材:Universal Audio(1176やLA-2Aの現行品)、API(現行品の一部)、Warm Audio(安価だが本物のCineMagを載せていることで有名)
Reichenbach(ライヘンバッハ)という伝説の技術者の設計を受け継いでおり、「Cine(映画)」の名前通り、ハリウッドの映画音響の歴史そのものといえます。
番外編:ドイツのHaufe、イギリスのSowter
- Haufe(ハウフェ):
ドイツ製。ヴィンテージのNeumannマイク(U87など)やコンソールに入っている。中域の密度がすごい。 - Sowter(ソウター):
イギリス製。ヴィンテージ機材の復刻(リプレイスメント)によく使われる。オーダーメイド対応もしてくれるマニアの味方。
実践:筐体を開けずにトランスを見抜く「探偵テクニック」
中古屋やネットで機材を見る時、どうやって「中身」を判断すればいいか?
分解しなくてもわかる3つのポイントがある。
テクニック①:スペックシートの「自慢」を探す
トランスは高い部品になります。
もし有名ブランドを使っているなら、メーカーは必ず自慢したいはず。
- 「Custom CineMag Transformers」
- 「Equipped with Lundahl」
これらの文字があれば確定です。
逆に「Transformer Balanced」としか書いていない場合、無名の安価なトランスか、自社製(OEPなど)の可能性があります。
テクニック②:ブロックダイアグラムの「コイル記号」
マニュアルの後ろにある回路図を見てみるとわかることも。
入出力端子の近くに、「向かい合ったコイルのマーク」があればトランス入り。
マークがなければ、いくら「ヴィンテージサウンド」と謳っていても、それは電子回路で作ったシミュレーションかもしれません。
テクニック③:重さを量れ
これは現場の裏技だ。
なんだかんだいってもトランスとはつまり「鉄の塊」です。
同じサイズのマイクプリでも、片手で持って「ズシッ」と重ければ、そこにはデカいトランスが入っている可能性が高いです。
まとめ:トランス選びは「コーヒー豆」選び?
- Carnhill: 深煎りのマンデリン(コクと苦味、Neve)
- Jensen: バランスの良いブレンド(スッキリ飲みやすい、DI)
- Lundahl: 高級なブルーマウンテン(透き通る酸味と香り、SD302)
- CineMag: エスプレッソ(ガツンとくる刺激、API/UA)
機材のパネルの色、デザインに騙されないように。
トランスを使うならその奥にある「鉄のブランド」を見る必要があります。
「お、この機材、CineMagが入ってるのか。じゃあスネアに使ってみよう」
そう判断できた瞬間、あなたはもう機材に使われる側ではなく、使いこなす側の人間になっているでしょう。