バイノーラルを超えて。無指向性AB方式マイクの「立体的」な魔力と未来
今、世の中は「立体音響」や「ASMR」という言葉で溢れています。
ダミーヘッドを使ったバイノーラル録音こそが正解だ、という風潮さえあります。
しかし、あえて問いかけたい。
あなたが普段、音楽を聴くのは「ヘッドホン」だけですか?
スピーカーで聴いたとき、部屋の空気が変わり、目の前に演奏家が現れるような体験。
それを実現できるのは、バイノーラルではありません。
100年前から変わらず、そしてこの先100年も変わらないであろう「録音の王道」。
それが、Kotaro Studioが提唱し続ける「無指向性AB方式」です。
なぜ、指向性ではなく「無指向性」なのか
世の中の多くのマイクは「単一指向性(カーディオイド)」です。
狙った音だけを拾い、周囲の雑音をカットする。確かに便利です。
しかし、指向性マイクには物理的な宿命があります。
それは、「距離によって低音が痩せる(近接効果の逆)」ことと、「空間の広がりが不自然になる」ことです。
対して、私が愛する「無指向性(オムニ)」のマイクは、360度すべての音を平等に扱います。
「音」だけでなく、その場の「気圧」「湿度」「壁の反射」までも記録します。
だからこそ、再生した瞬間に「部屋ごと移動したような感覚」に陥るのです。
AB方式という「空間の切り取り方」
ステレオ録音には様々な手法があります。
マイクを交差させる「XY方式」、人間の頭を模した「バイノーラル方式」。
それぞれに良さはありますが、Kotaro Studioが「AB方式」を採用し続けるには明確な理由があります。
時間差こそが、立体感の正体である
AB方式とは、2本のマイクを左右に離して設置する、最もシンプルな手法です。
この「距離」が魔法を生みます。
右から来た音は、右のマイクに先に届き、遅れて左のマイクに届きます。
このわずかな「到達時間のズレ(位相差)」を脳が感知したとき、人は強烈な「広がり」と「実在感」を感じるのです。
XY方式ではこの「時間差」がほぼ無いため、音は定位しますが、広がりは狭くなります。
AB方式だけが、スピーカーの枠を超えて、壁の向こう側まで世界を拡張できるのです。
AIが絵を描き、文章を書く時代になりました。
いずれ、架空の完璧な音色もAIが作るようになるでしょう。
しかし、「その日、その場所、その瞬間に空気がどう震えたか」という事実は、計算では作れません。
100年前の技術者たちが、当時のホールの響きをレコードに刻んだように。
私たちもまた、マイクという物理的な耳を通して「時間」を保存しているのです。
物理法則が変わらない限り、この「2本のマイクで空間を切り取る」という手法は、
この先100年経っても、決して色褪せることのない「真実」であり続けます。
無指向性のセッティング・バリエーション
無指向性マイクの面白さは、セッティングの自由度にあります。
P-86S / X-86Sを手に入れたら、ぜひ以下の配置を試してみてください。
- 1. スモール A-B(間隔 30cm〜50cm)
- 最も標準的で美しいバランス。人間の頭の幅より少し広く取ることで、ヘッドホンでもスピーカーでも極上の立体感が得られます。Kotaro Studioの推奨セッティングです。
- 2. ワイド A-B(間隔 1m〜)
- オーケストラやパイプオルガン、あるいは「森全体」を録るときに使います。音像の真ん中は薄くなりますが、包み込まれるような壮大なスケール感が生まれます。
- 3. デッカ・ツリー(Decca Tree)的アプローチ
- 1950年代にデッカ・レコードが開発した手法。左右のマイクに加え、中央にもう一本追加します。(※3本のマイクとマルチトラックレコーダーが必要です)。映画音楽のような濃密な音が録れます。
- 4. バウンダリー効果(床置き・壁貼り)
- 無指向性マイクを床や壁に直接貼り付ける手法です。反射音の影響をキャンセルし、驚くほど低音が伸びた、芯のある音が録れます。ピアノの床下や、ホールの壁面で威力を発揮します。
次の100年へ、音を残すために
流行りの機材は、数年で陳腐化します。
しかし、本質的な設計で作られた道具は、時代を超えて愛されます。
Kotaro Studioのマイクは、派手な機能も、専用アプリもありません。
あるのは、純度の高いカプセルと、余計なものを削ぎ落とした回路だけ。
それは、100年前から続く「録音」への敬意であり、100年後の未来へ「今の空気」を届けるための最適解です。
あなたが今日録るその音は、未来への遺産になります。
だからこそ、嘘のない、本物のマイクを使ってください。