P-86S 取り扱い説明書
P-86S
スタートアップガイド
クラフトマイク P-86S を、迷わず「最初の一音」まで届けるためのガイドです。
レコーダー選びから屋外録音のコツまで、必要な情報をこの 1 ページに集約しました。
必要機材リスト
P-86S は プラグインパワー方式で動作します。
これはレコーダー側から微弱な電流を供給して動かす仕組みで、電池や別電源は一切不要です。
まずモニター用のヘッドホンと、対応するレコーダーを揃えましょう。
モニターヘッドホン
当スタジオで使い続けているのが Sennheiser HD25。
録音現場での正確なモニターはもちろん、日常の音楽視聴でも頼れる、低価格・頑丈・超ロングセラーの定番です。同じ価格帯で同じ音質を出せる代替はほぼ存在しません。
対応レコーダー
予算と用途に合わせて選んでください。Entry の 2 機種でも P-86S の音は十分に引き出せます。
ファンタム電源 (+48V) は絶対に使わない
P-86S は内部回路がプラグインパワー専用に設計されています。XLR ミキサーやオーディオインターフェイスから +48V のファンタム電源を一瞬でも通電させると、回路が焼損し復旧不能になります。
業務用 XLR 環境で運用したい方は、ファンタム電源対応の上位機種 X-86S をご検討ください。
接続の手順
わずか 3 ステップで録音可能な状態になります。
順番通りに行ってください。
レコーダーの設定確認
レコーダーのメニュー画面から、「MIC POWER」または「PLUG-IN POWER」を ON にしてください。
これが OFF のまま接続しても音は出ません。
マイクの接続
レコーダーの 「MIC IN (マイク入力)」端子に P-86S を接続します。
「LINE IN」端子には絶対に挿さないでください。プラグは最後まで奥にしっかり差し込みます。
ゲイン (入力レベル) の調整
P-86S は非常に高感度です。通常のマイクより 1〜2 段低い入力レベルから始めて、音が割れないギリギリの場所を探ってください。
推奨レコーダーは 32-bit float 録音に対応しており、原則として後処理で音量を最適化する運用 (ノーマライズ) が安全です。「録音中に大音量が来ても割れない」のが 32-bit float の最大の利点で、入力感度を低めに設定しておいても問題なく仕上げられます。
無指向性 AB 方式
「間隔」が「広がり」を作る
P-86S のような無指向性マイクのステレオ録音で最も重要なパラメータは 「マイクとマイクの距離」です。
指向角度ではなく、距離が音の広がりを決めます。
左右のマイクへ音が届くまでの わずかな時間差 (1ms 単位) を、人間の脳は「広がり」として認識します。
距離を変えるだけで、空間の規模感がガラリと変わります。
中央に密度が集まり、ボーカルや独奏など、聴き手をすぐ近くに引き寄せたい録音に最適。
迷ったらこの範囲。多くの楽器・室内収録で自然なステレオ感が得られます。
フィールド録音や、意図的に映画的広がりを演出したい場面で。アンビエンスが豊かになります。
外観を知る
音質に極限まで特化した結果、装飾を一切削ぎ落とした「最小限の形状」になりました。
ハウジング (外装) による音の反響すら排除した、純粋な集音機能です。
極小のハウジング
音の回折・反射を防ぐためシールドを最小限に。
寸法は Sennheiser MKE2 や DPA 4060 などの市販ラベリアマイクとほぼ同等です。
約 1.5 m のケーブル
現場テストを重ね、取り回しが最も良い長さに収束しました。マイクスタンドにレコーダーを共締めする運用や、長時間収録のローケーションで扱いやすい設計です。
Mini-XLR モデルはこちら
応用: メガネマイク
その小ささと軽さを活かし、メガネのテンプル両端に装着することでスタンド不要の「ウェアラブル録音」が可能。バイノーラル風の臨場感が得られます。
よりよい録音のためのアイテム
P-86S の性能を 100% 引き出すには「足場」を固めることが重要です。
当スタジオで実際に使用しているドイツ製 K&M を中心に紹介します。
ステレオバー (マイクバー)
K&M 236 (標準タイプ)
ドイツ製 K&M のマイクバー。剛性が高く微細な振動をしっかり抑えるため、安価な製品とは「音の締まり」が違います。通常はこれ一本で十分です。
K&M 23560 (ロングタイプ)
自然音やオーケストラなど、左右の幅を大きく取りたい場合はこちら。マイク間隔を広げることで、より壮大なステレオイメージを描けます。
マイクスタンド
K&M 26000B (円形ベース)
スタジオ常設ならこちら。ベース部分の重量で床からの振動をシャットアウトします。音の芯がはっきり立つ、プロの定番。
便利ツール
K&M 238B ユニバーサルブラケット
スタンドのポールに取り付けて、レコーダーやマイクバーを増設できます。録音現場だけでなく日常の「痒い所に手が届く」万能ツール。
応用テクニック
無指向性 AB 方式の「距離」の科学
無指向性マイクのステレオ録音で最も重要なパラメータは「マイク間距離」。一般的に 30〜50 cm が基本ですが、30 cm 未満だと音の到達時間差が小さすぎて十分な広がりが得られません。
逆に近づけすぎると、両マイクが拾う同じ周波数成分が干渉して位相の悪い音になります。まずは 30 cm 以上離すことを基本ルールとしてください。
「正解」は存在しません。40 cm が最適という人もいれば、自然音の収録では 1 m 以上離すこともあります。海外のオーケストラ録音では数センチ単位で距離を調整してホールの響きをコントロールします。
決まりがないからこそ面白く、エンジニアの感性が試される領域です。
ピアノ録音の具体的なマイキングメソッドは note で詳しく解説しています。P-86S だけでも、ピアノソロ作品をアルバムとしてリリース可能なクオリティで録音できます。
机や床に貼る「バウンダリーマイキング」
30 cm 以上の間隔さえ守れば、P-86S は 机や床に直接テープで貼り付けても使用可能です。これは「バウンダリーマイク」と呼ばれる手法で、床や壁からの反射音を排除しクリアな音を録ることができます。舞台演劇や会議の録音でよく使われますが、先端を少し浮かせるなどの工夫が必要です。
ドキュメンタリー制作: インタビュー音声の録音方法
自宅のデスクに貼り付けて録音することも可能ですが、足元の安定性が音質に直結します。グラつく机より、どっしりとした場所に設置するのが理想です。
卓上で最高の音質を目指すなら、鉄製の重量級スタンド K&M 232B を推奨します。無指向性はもちろん、指向性マイクでポッドキャストを収録する際にも振動を逃がさず、音の芯が太くなります。
機動力の極み:「メガネマイク」
特殊な応用として、メガネのテンプル (つる) 両端に P-86S を装着する方法があります。左右間隔は頭幅 (約 15〜20 cm) に限定されますが、頭部のアーチで自然なステレオ感が稼げる上、耳に近い位置にセットすることでバイノーラル風の音響効果が期待できます。マイクスタンド不要で「自分の聴いている音」を録れるため、軽装で臨みたいロケに最適です。
旅の記録、街の環境音をステルス録音したい場面で活躍する超軽装スタイルです。
【ジャーナリストにおすすめ】メガネマイクの魅力と設営方法
屋外録音の必需品
屋外では微風でもマイクにとっては「暴風」のようなノイズ (ボボボ…) になります。
外で録音する際は必ずウインドスクリーン (風防)を装着してください。
P-86S には以下のサイズのウインドスクリーンが適合します。
装着するとかなりの暴風下でも録音が成立することが多くなります。
取り扱いの最重要事項
P-86S は楽器と同じように、丁寧な扱いで本来の性能を保ち続けます。
以下 2 点だけは絶対に避けてください。
先端をテープで塞がない
マイク固定時、先端の金属部分 (音の入り口) にテープがかからないように。ここが塞がれると高音が録音されなかったり、音が極端に小さくなったりします。
先端を強く押さない・落とさない
先端には非常に薄く繊細な振動板が入っています。指で強く押したり、落下による衝撃を与えると変形し、本来の性能を発揮できなくなります。楽器と同じく丁寧に扱ってください。
よくある質問
サポートに寄せられた質問から、特に多いものをまとめました。
音が出ません。何を確認すればよいですか?
9 割以上は レコーダーの「プラグインパワー (MIC POWER / PLUG-IN POWER)」が OFFになっています。レコーダーのメニュー設定からこの項目を ON にしてください。
それでも音が出ない場合は、プラグが「LINE IN」ではなく「MIC IN」に挿さっているか確認してください。
片方のチャンネル (L か R) だけ録音されています
3.5mm ステレオミニプラグの差し込みが浅いと、L 側だけがモノラル状態で録音される現象が起きます。レコーダーの入力端子に奥までしっかり差し込んでください。「カチッ」と感触が変わる位置まで押し込むのが正解です。
録音にノイズ (ザー音・パチパチ音) が入ります
主な原因は次の 3 つです:
1. プラグの接触不良 — 一度抜いて差し直し、奥まで押し込んでください。
2. ケーブルを足や椅子で踏んでいる — 踏むと内部配線が痛みます。
3. レコーダー本体のノイズ — 別のレコーダーがあれば差し替えて切り分けを。
32-bit float 録音とは何ですか?
録音時の入力レベル調整がほぼ不要になる、新世代の録音フォーマットです。録音中に大音量が来ても音が割れず、小さな音も後から自由に持ち上げられます。Portacapture X6 / H1essential などが対応しています。
P-86S のような高感度マイクとの相性が非常に良く、ゲイン調整に神経を使わずに済むため初心者の方にもおすすめできる方式です。
スマートフォンで使えますか?
スマートフォンの 4 極 TRRS 規格と、P-86S の 3 極 TRS 規格は直接接続できません。TRS → TRRS 変換アダプターを介す方法もありますが、機種によっては動作不安定です。
確実かつ高音質に運用するため、ハンディレコーダー (H1essential / DR-05XP 等) のご利用を推奨します。
ケーブルが短く感じます。延長できますか?
標準で約 1.5m です。多くのレコーダーではマイクスタンドにレコーダーごと固定する運用で十分です。それでも延長したい場合は、良質な 3.5mm ステレオミニ延長ケーブルをご利用ください。安価な延長ケーブルは音質低下・ノイズの原因になります。
P-86S と X-86S の違い
「業務用のミキサーで使いたい」「より感度を稼ぎたい」と感じたら、
ファンタム電源対応・Mini-XLR 端子の上位モデル X-86S という選択肢があります。
P-86S
¥13,900
- 駆動プラグインパワー
- 端子3.5mm TRS ステレオミニ
- 適合ハンディレコーダー
- 感度十分 (プラグインパワー上限)
- 用途個人収録 / フィールド録音 / 旅
X-86S
¥39,600
- 駆動+48V ファンタム電源
- 端子Mini-XLR (バランス)
- 適合XLR ミキサー / I/F
- 感度さらに高感度 (バランス伝送で大幅増幅可)
- 用途音楽制作 / 商業録音 / プロ現場
※ 設計思想・選別工程・組み立て品質はどちらも完全同等です。違いは「電源方式」と「ケーブル伝送形式」だけ。