山片 蟠桃(やまがた ばんとう)

※この記事は2020年9月24日に更新されました。

1748年2月28日 – 1821年3月31日 (73歳没)

江戸時代後期の商人であり学者です。

播磨国生まれ。

名前は、升屋の番頭をしていたことからもじったもので、本名は長谷川芳秀、通称升屋小右衛門と呼ばれていました。

日本人投資家としては外せない人物ではないでしょうか。

経歴など

播磨国印南郡神爪村(現兵庫県高砂市)の農家に生まれます。

13歳のときに大阪に住んでいる伯父の養子となっています。

幼時から大阪の両替商である升屋に仕え、明和8年(1771年)に24歳の若さで番頭となりました。

番頭

店を取り仕切る責任者。

店長のような存在。

傾きかけていた経営を軌道に乗せ、繁盛させたそうです。

能力

財政破綻した仙台藩に建議し、差し米(米の品質チェックのために米を一部抜き取ること)をそのまま集めて利用。

無駄を浮かせて節約し、藩札を発行するなどした。

藩札とは・・・?

江戸時代、各藩が独自に発行した紙幣。

地域で発行した町村札、個人が発行した私人札なども、広義の藩札として取り扱われることがあります。

藩札を発行した代わりに、従来の金貨の金を差し米の節約で捻出した資金で大阪に輸送します。

それを利殖に回して巨額の利益を上げたと言われています。

仙台藩の財政はこれによって再建。

大名貸しの金を回収することもできたと言うから驚きです。

文政2年(1819年)には幕府からの表彰も受けています。

その功績を讃え山片姓をもらっています。

学者として

学問にも熱心に励み、晩年には失明を乗り越え、五十半ばから著作にとりかかったと言われる『夢の代』を死の前年に完成させました。

無神論者

山片氏はこの時代にしては珍しい無神論者であることが、著書「夢の代」によってわかっています。

辞世の句は「地獄なし極楽なし我もなしただあるものは人と万物」「神ほとけ化け物もなし世の中に奇妙不思議のことはなおなし」。

本間宗久 (ほんま そうきゅう)
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