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”アルゼンチンタンゴの曲、アルゼンチンタンゴの名曲、ってどんなのがあるのだろう??!!”
このサイトでは、アルゼンチンで古くから親しまれているタンゴ、新しいタンゴ、あまり人に知られていないレアなタンゴ、などなどをご紹介していきます。
お気に入りの一曲が見つかるかも!?

アグスティン・バルディ【Agustín Bardi 】

Tierrita (ティエリータ)

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作曲家、ピアニスト、バイオリニストであったアグスティン・バルディの作品。アルゼンチンタンゴの曲には歌詞が付いている曲が多いですが、この曲もその一つです。歌というよりも、器楽曲で演奏されることが多いのです。それは、きっと、歌詞があまり美しくなかったからかな。。。
「君は最近妙におしゃれして、可愛くして、歌手になりたいとか言ってるけど、なぜかわかったよ。他に好きな人がいるんでしょう。さっさと出て言って!」と男性が、女性に対して(この女性は彼女もしくは、元カノ、もしくは彼女でもなくずっと気になっていた女性の可能性あり)にヤキモチを焼いている歌詞です。

タンゴミニ豆知識アルゼンチンタンゴの歌には、男性が女性にふられてしまう歌詞が多くをしめています。この曲のように、むしゃくしゃした気持ちを投げやりに歌う曲はあまりないですが、「あんなに好きだったのに、なんでなんだよーー!」とかなり時間が経っても忘れられない気持ちを歌う曲もたくさん!

アルフレド・ゴビ 【Alfredo Gobbi】

El Andariego (エル・アンダリエーゴ)

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Alfredo Gobbiの名曲。
タンゴらしい独特のリズムが光ります。


アニバル・トロイロ 【Aníbal Troilo】

Sur(スール)

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1948年の作品。
歌詞の最初に出てくる、San juan y Boedo というのは、サン・フアンとボエドという道路が交わる交差点です。
現在は、そこにEsquina Homero Manzi (エスキーナ・オメロ・マンシ)というタンゲリーア(タンゴショーを食事しながら見れる会場)の一つがあります。

ちなみに、San juan と Boedo の交差点はこちら!

ちなみに・・・曲名のSur スール。は、『南』という意味です。そして、このSan Juan とBoedoの角、1937年には「Nippon Bar」というカフェがあったらしい!!

アストル・ピアソラ 【Astor Piazzolla】

Oblivión (オブリビオン)

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日本語に訳すと「忘却」。
ピアソラの超人気曲の一つ。
フォギュアスケートでもよく使用されるためどこかで一度は耳にしたことがあるかもしれませんね!

Verano Porteño (ベラーノ・ポルテーニョ)

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ピアソラの「ブエノスアイレスの四季」の中の一曲。
Verano=夏。
ヴィヴァルディの四季と同プログラムに入れて演奏されることもあります。
アルゼンチンにも四季はあるのですが、日本とは真逆。
ということは・・・この曲の示す夏というのは、12月から2月あたりのちょうどバケーションの時期とも言えます。

Mumuki (ムムキ), Transcripción : Daniel Binelli 

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Ave Maria (アヴェ・マリア)

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Milonga del ángel (ミロンガ・デル・アンヘル)

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Yo soy Maria (ジョ・ソイ・マリア)

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Melancolico buenos aires (メランコリコ・ブエノス・アイレス)

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この「メランコリーなブエノスアイレス」は、ピアソラがバイオリニストのエンリケ・フランチーニとその奥さんに捧げた曲です。
原曲に現れるバイオリンの美しいソロがまさしくそれを表現しています。

Astor Piazzolla (アストル・ピアソラ)(サイト内記事)

Chiquilín de Bachin (チキリン・デ・バチン)

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1968年作曲:タンゴの異端児:ピアソラの名曲です。
ブエノスアイレスの中心地にある、チキリンというレストランにやってきた貧しい花売り少年のバチンと、その少年の勧めた花を、恥ずかしさから買えずに見過ごした客の紳士の後ろめたさと後悔の気持ちが歌詞となった曲です。

レストラン「チキリン」のホームページはこちら!


エクトル・スタンポーニ 【Héctor Stamponi】

Flor de lino (フロール・デ・リノ)

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アルゼンチンタンゴのワルツから一曲。
作曲はエクトル・スタンポーニ、作詞は、オメロ・エクスポシト。
アルゼンチンの大地に咲く亜麻の花を、自分の愛した彼女に例えながら、その広大な景色と気持ちをうまく交えながら語る歌詞が素敵です。
が、、、今回はピアノソロにて美しい亜麻の花を感じてください。

Festejando(フェステハンド)

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演奏記録が少なく、現在も演奏を聞く機会は滅多にないこの曲。作曲者本人の演奏よりも、雰囲気を全く変えて演奏しているオスバルド・プグリエーセ楽団のものが有名となり、そのバージョンは現在のタンゴ楽団「コロール・タンゴ」でも演奏されています。

スペイン語豆知識
この曲の題名の「Festejando」は、「祝福する」=「Festejar」の現在分詞の活用形です。です。「祝福してるよ!」「祝福しながら」と言うような意味になります。

エクトル・パニッツァ【Héctor Panizza】(1875-1967)

Aurora (Alta en el cielo)

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ブエノスアイレス、コロン劇場のこけら落とし公演のために、アルゼンチン政府がエクトル・パニッツァに依頼して完成した作品。
ヘクトルは、アルゼンチン出身のイタリアの作曲家・指揮者。特にジュゼッペ・ヴェルディの指揮に関しては、他の追随を許さない最高の演奏を行なったと評価されています。また、1908年にはミラノ・スカラ座で指揮者デビューを果たし、トスカニーニと並ぶ名声を確立した。
オペラ「アウロラ」の初演は1908年9月5日。 原語はイタリアで、コロン劇場でのこの公演もイタリア語での演奏でした。
その後、スペイン語にも訳され、中でもオペラ中の「Alta en el cielo」(空高く)というテノールのアリアが、”国旗に捧げる歌”として第二の国家的存在に指定されました。教育の現場では、学校では各セレモニーで国旗を掲げる時には、この歌を斉唱するとして教えられていました。その習慣は今でも続いています。
ちなみに・・・ただ、文部省には、オーロラを「アルゼンチン国家の」公式歌として公式化した文書はない。とのことで、どこの法令がこれを「国旗の歌」と任命したのかはわかりませんが、アルゼンチン国民に愛される歌の一つであることは間違いありません。

エンリケ・フランチーニ 【Enrique Francini】

Delirio (デリリオ)

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バイオリン奏者であり、作曲家でもあるエンリケ・フランチーニの作品。
Delirioは「熱狂」「熱く」という意味があります。
原曲はバイオリン(弦パート)の優雅な旋律も印象的です。


オスバルド・プグリエーセ 【Osvaldo Pugliese】 

Recuerdo (レクエルド)

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1924年のオスバルド・プグリエーセの楽曲。プグリエーセ楽団の演奏として有名な曲はたくさんあるが、彼自身の作曲で演奏頻度、聞かれる頻度が高い曲は、実は限られており、「Recuerdo」”思い出” は、その中の一つです。
また、本人に限らず、フリオ・デ・カロ、オラシオ・サルガン、アニバル・トロイロなどもレパートリーに選曲していることから、アルゼンチンタンゴの中では重要なレパートリーの一つであると言えます。


オスバルド・フレセド 【Osvaldo Fresedo】

Vida mía (ビダ・ミーア)

Youtube視聴ページ(ピアノソロバージョン)

Youtube視聴ページ(4重奏バージョン)

Vida mia,は(我が人生)と訳されます。
「おおお、私の人生よ」と恋人に語りかける時の表現の一つです。
遠くで暮らす恋人に語りかける歌で、「離れているほどあなたを想います。私の帰りを待っててください!」と歌う。アルゼンチンでも人気の歌の一つです。

スペイン語豆知識!!
”Vida mia”は「我が人生」ですが、それと同じように、”Mi vida”も「私の人生」として使われます。
そのほか、同じく愛しい人を呼びかける際に「mi corazón 我が心」(ジャイアンの「おおお、心の友よ!」もこれに当たります。)「mi alma 私の魂よ」「mi amor 私の愛よ」などあります。

スペイン語100日チャレンジ:78日目 「恋のスペイン語シリーズ」遠距離恋愛編(サイト内記事)

Osvaldo Fresedo (オスバルド・フレセド)(サイト内記事)


オラシオ・マルビチーノ 【Horacio Malvicino】

Nicolaseando (ニコラセアンド)

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ジャズギタリストであり、自身のグループほか、アストル・ピアソラグループでもギタリストとして活躍していた、オラシオ・マルビチーノ(1929- ) が、ピアニスト ニコラス・レデスマに捧げた曲です。
『Nicolaseando』動詞の進行形のような意味があり、『ニコラスしている!』というような意味にしています。
オラシオのニコラスへの愛情ある一曲だと言えますよね。
メロディと簡単な和音が書かれた手書きの楽譜を見せてもらい、それをニコラスっぽさをイメージしてアレンジしました。
ニコラスは、この曲のお礼として、オラシオに、ボサノバを一曲書いて捧げたそうです。


オラシオ・ペトロッシ 【Horacio Pettorossi】

Galleguita (ガジェギータ)

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オラシオ・ペットロッシ(1896-1960)の作品。
スペインのガルシア地方に住む人々のことを「ガジェゴ」と呼ぶそうですが、アルゼンチンの人々は、スペインからの移民を全てひっくるめて「ガジェゴ」と呼ぶそうです。
タイトルの「ガジェギータ」はその女性形で「スペイン娘」という意味ですが、曲の印象から、スペイン娘は、静かに見えて、感情の高ぶりがすごく情熱的という印象があるように感じましたがみなさんはいかがでしょうか?
それとも・・・、作曲家オラシオが、ガジェギータに恋をしたのでしょうか・・・。


オラシオ・サルガン 【Horacio Salgan】 

Aquellos  tangos camperos (アケジョス・タンゴス・カンペーロス)

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タンゴ界では伝説のデュオとも言われる、ピアニスト:オラシオ・サルガンと、ギタリスト:ウバルド・デ・リオ合作です。
軽快かつ、どこかアルゼンチンの広大な草原の景色が見えるような楽曲です。
ピアノの高度なスキルが求められる難易度の高い一曲となっています。


カルロス・ガルデル 【Carlos Gardel 】

El día que me quieras (エル・ディア・ケ・メ・キエラス)

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歌手として大人気・大活躍したカルロス・ガルデルの作曲のこの曲、日本語訳では「想いの届く日」として有名なアルゼンチンタンゴの一曲です。
タンゴでは珍しく、自分の想いが届いてハッピーな内容かと思いきや、「想いが届く日」を思って歌っているので、実際まだかなっていない、届いた日はどんなに素敵だろう!という歌詞です。
キラキラと素敵な内容を歌った曲として、多くの人に愛されています。

Carlos Gardel (カルロス・ガルデル)(サイト内記事)


セバスティアン・ピアナ 【Sebastián Piana】 

Milonga Sentimental (ミロンガ・センティメンタル)

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1931年の曲。
1904年生まれで1990年に86歳で亡くなったアルゼンチンの歌手、メルセデス・シモーネが最初に歌った歌手として有名。
黄金コンビとも言える、セバスティアン・ピアナと詩人オメロ・マンシの名曲「センチメンタルなミロンガ」。
去ってしまった恋人を思い出しながら、『なんで急に去ってしまったんだろうか・・・他の奴らは泣きながら悔しんでるけど、僕は、泣かないために歌うんだ。』と語られています。

Mercedes Simone(Wikipediaに移動)

Sebastián Piana(スペイン語Wikipediaに移動)

Homero Manzi(Wikipediaに移動)


ドミンゴ・フェデリコ 【Domingo Federico】

Yuyo Verde (ジュージョ・ベルデ)

Youtubeで視聴(ピアノソロバージョン)

Youtubeで視聴(タンゴバンドバージョン)

あの夏の空の下で私たちは別れてしまった。
君は一体どこにいるの??
君を思い出しながら泣かせておくれ・・・
あの路地は失われて、今では緑の雑草が生い茂っているよ・・・
という歌詞がついている1944年のタンゴナンバーです。


デュオ・フアレス・キロガ【Duo Juarez-Quiroga】

Pantao (パンタオ)

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この曲は、「サンバ」というアルゼンチンフォルクローレの一つ。

サンバって??サンバは、アルゼンチン北部の州に伝わる典型的なダンスの一種。 アルゼンチンの国民舞踊の一つで、多くの人に親しまれています。
代替テキスト
志野

「みんなに親しまれてるなら、自分にも踊れるかもしれないな!よし!!」とおもったのですが・・・

代替テキスト
たろうくん

だけど、ダンスには、ある程度の決まり事があって、さっと適当に誰でも入れるわけではないんだほー。楽しく踊るためには、少しだけ形式を知っていた方がいいかもしれないんだ。そして、タンゴと同じように、ペアで踊るんだ。タンゴのように体と体をひっつけないけど、離れて踊るだけに、男女それぞれがステップを覚えなければいけないんだほー。

代替テキスト
志野

とっても楽しそう!!ますますやってみたいわーー!

アルゼンチンには、「生まれた家で昔からフォルクローレが流れていたから、いつも聞いていた」「家族が踊ってたから、自然に体が動く」なんていう人がたくさん。そんな人たちは、自然に形式が入っているようで、音楽が流れると、体が勝手に動いています。

音楽理論的に見ると、4分の3拍子と、8分の6拍子が共存するようなリズム感です。楽譜は8分の6拍子で書くのが好まれています。

ニコラス・レデスマ 【Nicolás Ledesma】 

Ruta 7(ルタ・シエテ)

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ルタは日本語では国道の意味で、国道7号線という意味の曲です。
アルゼンチンタンゴピアニストの巨匠:ニコラス・レデスマが故郷のラ・パンパへいく際に通る道。
その道中を描写し、曲の途中には「人はなぜ生きるのか?」などの思いを込めたそうです。
故郷の家族や自分の人生を振り返り、色々考えながら作曲したようです。

ところで、ラ・パンパというと、ネットフリックスの人気作品:ペーパーハウスで、ナイロビとヘルシンキが潜伏していた地域でした

ペーパーハウス 挿入歌 が気になる・・・(サイト内記事)

【徹底解説】&【大胆予想】ペーパーハウス どうなるシーズン5 (サイト内記事)

Buena Vida (ブエナ・ビーダ)

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Nicolás Ledesma作曲のブエナビーダです。
素晴らしき人生~現代タンゴの巨匠:Nicolás Ledesmaの人生哲学が詰め込まれた一曲となっています。


ニコラス・レデスマ & レオポルド・フェデリコ 【Nicolás Ledesma , Leopoldo Federico (共作)】

Sueño de Tango (スエニョ・デ・タンゴ)

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レオポルド・フェデリコ(1927年-2014年)とフェデリコオーケストラの専属ピアニストであったニコラス・レデスマ(1965- )の共作タンゴ。
Sueño de tangoは「タンゴの夢」と訳されます。
フェデリコオーケストラでは定番の曲となっていましたが、、ニコラス自身も自身のオーケストラではかなりの頻度で演奏しており、二人にとってはまさに定番の曲となっています。


パブロ・バジェ【Pablo Valle】

Para siempre ( パラ・シエンプレ)

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現在アルゼンチンタンゴのダンス界で超売れっ子ピアニスト「パブロ・バジェ」。

代替テキスト
志野

なぜ人気かというと・・・

代替テキスト
たろうくん

彼の率いるバンドが、タンゴのミロンガ(踊れる会場)にぴったりで、タンゴの黄金時代と呼ばれた1930年1940年に活躍したマエストロたちの、リバイバルバンドをたくさんやっているのです。

当時の音楽をCDではなく、生演奏で聞けて踊れるのは、ダンスをする人たちにとっては臨場感が違い、空気の振動が違うと皆喜んでいます。

リバイバルと言っても、楽譜が残っているものは少ないので、楽譜の書き下ろしからパブロが全部やってのけています。

パブロ氏は、バンドを始めては、また新しいバンドを組み始め、4重奏、6重奏、3重奏・・・と場所や用途に合わせて編成も変えていく、臨機応変なピアニスト。その反面、それぞれのバンドにオファーが同時に来たりするので、代理ピアニストをいつも抱えています。

そんなリバイバル王ですが・・・

「マエストロたちばかりの曲をやらずに、現代に生きる自分たちのタンゴも作らなければ!」と時に、作曲もしています。

その彼の貴重な作品の一つが、この『Para Siempre』パラ・シエンプレ(永遠に)という曲です。新しい曲とはいえ、さすがダンス界の売れっ子、いつでもダンスにぴったりな曲調になっています。

代替テキスト
志野

お洒落に身だしなみを整えた、紳士淑女が今を楽しんだり、若かりし頃を思いながら踊ったり、いろんな様子が目に浮かびます!

パブロ本人の演奏はこちら!↓↓↓


ビクトル・ラバジェン 【Victor Lavallen】 

Meridional (メリディオナル) 

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バンドネオン巨匠、ヴィクトル・ラバジェンのメリディオナル。
「南」「南部の」というような意味があります。
アルゼンチンタンゴの中には、「南」を用いた題名が多く見られますが、本曲もそんな南に関連する曲の一つ。
元々オーケストラ用に書かれたこの曲ですが、今回は、世界初となるピアノソロアレンジでお届けします。


ビルヒリオ・エクスポシト 【Virgilio Expósito】 

Naranjo en flor (ナランホ・エン・フロール)

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「花咲くオレンジの木」と訳されるこの曲。現在も多くの人に歌われている、愛されている歌の一つと言える。 比喩が多い歌詞としても有名だが、サビの部分の「最初に苦しむことを知らなければならない、その次に愛すること、その次に別れることを知り、そして最後に 何も考えずに歩くことを知る。」というフレーズが印象的。現在では、この曲の歌詞を巡り、新たな解釈が生まれ、その解釈が「実は小さな女の子への性犯罪を意味している歌詞だ」ということで、一時期話題になった。

【あまり知られてない別の解釈】
この曲は、歌手のロベルト・ゴジェネチェに捧げられたとも言われていますが、そのゴジェネチェは歌手と並行してバスの運転手もしていました。そんなある日、彼の運転不注意で小さな少女を死においやってしまいます。その追悼の気持ちを込めて歌っているのではないかとも、言われています。

フリオ・デカロ 【Julio De Caro】 

El monito (エル・モニート)

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彼女は僕の事を「お猿ちゃん」と呼んでいた。
あの愛しい彼女、あの頃は、「私があなたと生きるなら、私の痛みはあたなが全て癒してくれる」と歌っていたのに、もうそんな彼女はここにいない。
今は僕が彼女を探しているけれど、もう戻ってこない・・・。
と、後になって男性があの時彼女をもっと大切にするんだった・・・
と悔やんでいるタンゴあるあるの歌詞が付いている曲です。

Boedo (ボエド)

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Boedo ボエドは今ではブエノスアイレスのbarrio バリオ(地区)の名前の一つとなっていますが、その名が命名されたのは、1972年。
しかし、この曲が作られたのは1927年。
あれ、じゃあどこからこのボエドという名前がついたの?
それは、ボエドという道の名前からこの題名が付けられました。
ボエド通りの通る付近には、当初から詩人やタンゴに関わる人たちがたくさん集まっていたようです。
曲調からすごく華やかで活気ある通りだったことが想像できますね。


フアン・カルロス・コビアン 【Juan Carlos Cobián】

ファン・カルロス・コビアン(Juan Carlos Cobián、1896年5月31日(ブエノスアイレス州のピグエ(Pigüe)生まれ) – 1953年12月10日)。

タンゴ界では成功を納めたピアニストの一人として有名で、バイア・ブランカに親と住んいましたが、その家の場所に2つの記念碑が建てられています。

Niebla del riachuelo (ニエブラ・デル・リアチュエロ)

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ボカ地区にある貿易の玄関口になっていた港は、リアチュエロと呼ばれ、貿易港でなくなった今もその名で親しまれています。Niebla del riachuelo 「リアチュエロの霧」に、霧とともにぼんやりと荒れ果てた貿易船が浮かんでいたり、貿易が盛んだったあの頃に恋したあの人の、「adios さようなら」という声が耳から離れないというような、情景を歌っている。

「ブエノスアイレス豆知識」
このリアチュエロのある地区を「ボカ」と呼びますが、この「ボカ」は「口(くち)」と言う意味です。街の・国の繁栄に重要な役割を果たした「出入り口」。現在もその港は残っていて、景色を見ると、当時の船の往来が目に浮かぶようです。

Mi refugio (ミ・レフヒオ)

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「私の隠れ家」と訳されます。
楽しく幸せだった時間が過ぎ、全て終わってしまった。
幸せを知ってしまった後、あの時のように愛する家の温もりや、幸せな生活を送る私の夢の隠れ家が欲しい。
と切なく歌っている曲です。
こんな素敵な歌詞を書いているのはPedro Numa Córdoba (ペドロ・ヌマ・コルドバ (1897 – 1965))で、彼はギター奏者としても有名です。

Los mareados (ロス・マレアードス)

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「酔いどれだち」と訳せるロス・マレアードス。
1922年に初演されました。
フアン・カルロス・コビアンと、その時代を代表する詩人の一人、エンリケ・カディカモの詩が融合したタンゴの名曲です。
詩人のエンリケ・カディカモは、ブエノスアイレス州ルハンの牧場で生まれました。
彼は人生の様々な物語に合わせて歌う手法を多くを取っていた他、ルンファルド(俗語)も積極的に取り入れる作風が印象的です。


フリアン・プラサ 【Julián Plaza】 

Danzarín (ダンサリン)

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アルゼンチンタンゴ作曲家、アレンジャー、ピアニスト、そしてバンドネオン奏者であったフリアン・プラサの代表作とも言えるダンサリン。
オスバルト・プグリエーセのオーケストラではバンドネオン奏者として活躍し、その後そのオーケストラから分裂してできたセクステート・タンゴという6重奏では、ピアニストとして活躍するという多彩なフリアンです。
バンドネオンの巨匠:トロイロのカバーも有名です。


ペドロ・ラウレンス 【Pedro Laurenz】

Mal de amores (マル・デ・アモーレス)

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作曲者:ペドロ・ラウレンスは1902年10月10日に生まれで1972年7月7日になくなった、アルゼンチンの偉大なバンドネオン奏者の一人です。
フリオ・デ・カロのオーケストラでもう一人の偉大なバンドネオン奏者ペドロ・マフィアとタッグを組んで「二人のペドロ」と愛され、大活躍しました!

ちなみに・・・
タイトルの”Mal de amores”は日本語に訳すと、「恋煩い」です。

ホセ・ダメス 【Jose Dames】

Fuimos (フイモス)

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1945年に発表されたアルゼンチンタンゴ。
作詞は、名曲の数々を手がけた Homero Manzi (オメロ・マンシ)。
Fuimos “一緒に行った” “一緒に” という意味です。
あの頃二人して色々なことをして、まだまだ色々行きたかったけど、それは叶わないね。
というニュアンスが含まれた歌詞となっています。
ロマンティックで美しいメロディ。
アルゼンチンでも永く愛され続けているタンゴの一つとなっています。

Nada (ナダ)

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1944年のアルゼンチンタンゴで、作詞はHoracio Sanguinetti(オラシオ・サンギネッティ)。アルゼンチンでも愛されてよく歌われます。
歌詞の内容を簡単に言うと・・・
あなたの家にどうやってたどり着いたかわからないけれど、たどり着いた。でも、あなたはここにはもういない。荷物も何もない。誰かがあなたがいないことを私に教えてくれいたらよかったのに・・・
ここはもう雑草地になり荒れ果て、バラの木もなくなって、あなたの面影も、ない。
と「あの頃」失った恋を後悔している歌です。

『アルゼンチンタンゴあるある』
時間の経過を「雑草地になる」ということで表すことがアルゼンチンタンゴの歌詞には多くあり、綺麗だった場所が雑草で覆われる=手入れしていない。人がいなくなって随分時間が経つ。という表現らしいです。
それほど経つまで相手のことを思い続けていたという詩的な表現に対して、「いまになって後悔しても遅いのよ」、というアルゼンチンの気の強い女性の意見があるようです。

リカルド・ブリグノロ 【Ricardo Brignolo】

Chiqué (チケ)

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ブエノスアイレス生まれのバンドネオン奏者、指揮者、作曲家、作詞家の Ricardo Brignolo(リカルド・ブリグノロ(1892-1954))の作品の一つ。
この曲が一番有名かもしれません!
トロイロ楽団やプグリエーゼ楽団の演奏が有名です。
一般的にコンサートの曲紹介の際は、「〇〇さん作曲の〜」という紹介が多いですが、この曲の場合、「次はチケです!」と、曲名しか言っていないケースが多いような気がします・・・
ですのでこの機会に是非リカルド・ブリグノロを覚えておきましょう!


ルイス・アルベルト・フェルナンデス 【Luis Alberto Fernandez】 

El pollo Ricardo (エル・ポーショ・リカルド)

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ウルグアイの作曲家:Luis Alberto Fernández の作品です。
同じくウルグアイ人のタンゴを踊っていたリカルド・スカンドログリオと仲良くなり、リカルドのことを『mi pollo』私の鶏(親しさを込めた表現で)呼んでおり、この題名がつきました。
二人の仲良さが伝わってくる軽快で楽しい曲です。


ロベルト・フィルポ 【Roberto Firpo】

El amanecer (エル・アマネセール)

Youtubeで視聴(ピアノソロバージョン)

Youtubeで視聴(タンゴバンドバージョン)

アルゼンチンタンゴのピアニスト、作曲家であったロベルト・フィルポからの一曲!
夜中の仕事から家へ帰宅途中の夜が空ける様子を見ながら書いたと言われています。
オーケストラバージョンでは、バイオリンが鳥のさえずりを表現しているのも特徴的です。