Cuenta el numero (Con audio)

Aprender japonés “Vamos con idioma japones!”

Lunes〜Domingo / Cuatro estaciones / Enero a diciembre

Números [1~20]

0ゼロZero10十(じゅう)
1一(いち)Ichi11十一(じゅういち)Jū ichi
2二(に)Ni12十二(じゅうに)Jū ni
3三(さん)San13十三(じゅうさん)Jū san
4四(し)Shi14十四(じゅうし)Jū shi
5五(ご)Go15十五(じゅうご)Jū go
6六(ろく)Roku16十六(じゅうろく)Jū roku
7七(なな)Nana17十七(じゅうしち)Jū shichi
8八(はち)Hachi 18十八(じゅうはち)Jū hachi
9九(きゅう)Kyū19十九(じゅうく)Jū ku
[0]
[1]
[2]
[3]
[4]
[5]
[6]
[7]
[8]
[9]
[10]
[11]
[12]
[13]
[14]
[15]
[16]
[17]
[18]
[19]
[20]

100~

100百 (ひゃく)Hyaku
200二百(にひゃく)Ni hyaku
300三百(さんびゃく)San byaku
400四百(よんひゃく)Yon hyaku
500五百(ごひゃく)Go hyaku
600六百(ろっぴゃく)Ro ppya ku
700七百(ななひゃく)Nana hyaku
800八百(はっぴゃく)Happi ~yaku
900九百(きゅうひゃく)Kyū hyaku

1000

Sen

1999

千九百九十九

Senki ~yuuhyakukyuujuukyuu

2000

二千

Nisen

3000

三千

Sanzen

10000

一万

Ichiman

11000

一万千

Ichiman Sen

20000

二万

Niman

100000

十万

Jū man

1000000

百万

Hyaku man

Kotaro
Kotaro
服部 洸太郎
音大を卒業後ピアニストとして活動。
自身のピアノトリオで活動後北欧スウェーデンにてシンガーアーティストLindha Kallerdahlと声帯とピアノによる即興哲学を研究。
その後ドイツへ渡りケルンにてAchim Tangと共に作品制作。
帰国後、金田式電流伝送DC録音の名手:五島昭彦氏のスタジオ「タイムマシンレコード」にアシスタントとして弟子入りし、録音エンジニアとしての活動開始。
独立後、音楽レーベル「芸術工房Pinocoa(現在はKotaro Studioに統合)」を立ち上げ、タンゴやクラシックなどのアコースティック音楽作品を多数プロデュース。
その後、秋山庄太郎氏後継の写真スタジオ「村上アーカイブス」でサウンドデザイナー兼音響担当として映像制作チームに参加。
村上宏治氏の元で本格的に写真、映像技術を学ぶ。
祖父母の在宅介護をきっかけにプログラムの世界に興味を持ち、介護で使えるプログラムをM5Stackを使って自作。
株式会社 ジオセンスの代表取締役社長:小林一英氏よりプログラムを学ぶ。
現在はKotaro Studioにてアルゼンチンタンゴをはじめとした民族音楽に関する文化の研究、ピアノ音響、さらに432hz周波数を使った癒しのサウンドを研究中。
スタジオでは「誰かのためにただここに在る」をコンセプトに、誰がいつ訪れても安心感が得られる場所、サイトを模索中。