【タルムード】魔法のリンゴ (あなたは親の介護ができますか?)

※この記事は2020年10月24日に更新されました。

ポイント

タルムードの話は人の数だけ答えがあります。

正解は一つではありません。

ユダヤ式教育では、このお話を元に親子で議論するそうです。

みなさんも是非自分なりの解釈や考察を持って、自分だけのオリジナルタルムードとして編纂してみてください。

元のお話はラビ・M・トケイヤー氏の書籍から引用させていただいております。

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魔法のリンゴ

王さまが一人の娘を持っていた。
娘は重い病にかかって死にそうだった。
医者は妙薬を飲ませない限り、見込みはないと言った。
そこで王は、自分の娘の病気を治したものには娘をめとらせ、次の王さまにするであろうと布告を出した。
遠い地方に三人の兄弟がいた。
一人が望遠鏡でそのおふれを見た。
そして彼女に同情して、なんとか三人で王女の病気を治してやろうと相談した。
一人は魔法のじゅうたんを持っていた。
もう一人は魔法のリンゴを持っていた。
魔法のリンゴを食べるとどんな病気でも治る。
そこで三人は、魔法のじゅうたんに乗って王宮に出かけ、王女にロンゴを食べさせると、王女の病気はけろっと良くなって、みんな非常に喜び、王さまは宴会を開いて新しい王子を発表しようと思った。
すると一番上の兄弟は、「私が望遠鏡で見なかったら、われわれはここに来られなかった」と言い、二番目は「魔法のじゅうたんがなかったら、とてもこんな遠いところには来られなかった」と言い、三番目は「もし、リンゴがなかったら、治らなかったではないか」と言った。
あなたが王だったら、この三人の誰に王女をめとらせるだろうか。
(この王の)答えは「リンゴを持っていた男」である。
じゅうたんを持っていた男はまだじゅうたんを持っているし、望遠鏡をもっていた男もまだ望遠鏡を持っている。
リンゴを持っていた男は、リンゴを与えてしまったので、何も持っていない。
彼はあらゆるものを娘のために与えてしまった。
タルムードによれば、「何かをしてあげる時には、すべてをそれにかけるものが一番尊い」ということである。

引用:ユダヤ五〇〇〇年の知恵

非常に現実的なモデル

みなさんも現実に望遠鏡とじゅうたんの人たちをたくさん知っているのではないでしょうか。

望遠鏡の男に至っては、「私が望遠鏡で見なかったら、われわれはここに来られなかった」と主張までしているわけですが、生きていればこういった主張までする望遠鏡の男にもたくさん出会うと思います。

しかし、次の王に相応しいのは「どんな病気でも治る」という魔法のリンゴを躊躇することなく王女に差し出した男でした。

信頼という替えの効かない資産

リンゴを持つ男は、病気を治すための鍵となります。

つまり、「王と交渉」ができるわけです。

おそらくリンゴを銀貨20000枚と交換することも交渉できたでしょうし、「リンゴを食べさせる代わりに次の王への推薦を確約してくれ」と交渉することも可能でした。

しかしこれらの思考回路にて交渉をしていたとしたら、王や王女から永続的な信頼を得ることは出来なかったことでしょう。

ただ、真っすぐに目の前に苦しんでいる娘を助けたいという想いがなければ自分の人生を左右するような宝(どんな病気も治るリンゴ)を無条件で差し出すことはできなかったでしょう。

この真っすぐな想いを証明する行為となりました。

他の2人は真っすぐだったのか?!

他の2人は真っすぐだったのかどうかは、わかりません。

真っすぐだった可能性もありますし、じゅうたんと望遠鏡の2人は「そういえばあいつがリンゴを持っていたな、よしこれはリスクゼロで王になれるチャンスが来たぞ」と思っていたかもしれませんし、「三人の内誰かが王になったら今よりも良い暮らしができるはずだ!(何も失うものはなく)」と思っていたかもしれませんし、その思考回路を証明する手立てはありません。

確かな一つの事実

他の2人が何をどう考えていたかは定かではありませんし、確かめるすべはありませんが、確かなことは、他の2人は「何も犠牲にすることなく(失うことなく)大きなもの(王座)を要求した」という事実でした。

思考回路を証明できたのは唯一、無条件ですべてを失った男一人でした。

介護の世界でも通用する

介護保険制度も目まぐるしく変更されていき、世界的にも少子高齢化が進む中、介護に関して社会的にも意識が広がっていっています。

8050問題を初め、多くの人がこれから直面する介護の問題。

老々介護・・・

例えば100歳を超えた両親を70歳代で介護したりすることを一般的に老人が老人を介護する老々介護と言われます。

数人に一人は認知症になるとも言われる各種認知症の問題。

これらに対してもこの三人の男のパターンが当てはまります。

望遠鏡で覗くだけの者

ネット上でも介護に関する疑問、問題がピックアップされることがありますが、しばしばこの望遠鏡で覗くだけの者やじゅうたんでやってくるだけの者に関連することがあります。

ここでもやはり、「私が望遠鏡で見なかったら、われわれはここに来られなかった」「だから私を王座に!」と何も失わずに大きな何かを要求してくる者が最も厄介だとは言えないでしょうか。

じゅうたんでやってくるだけの者

介護施設や病院に放り込んで介護しているつもりの者。

時々見に来るだけの者。

犬を抱えながらじゅうたんでやってくる者。

あまりにも滑稽に見えないでしょうか。

そしてじゅうたんでやってくるだけの者に限って、「私には心を開いてくれないの」と言います。

滑稽です。

本当に信頼関係が築けるのはリンゴを差し出した者だけ

これからの少子高齢化社会の中、リンゴを差し出して信頼関係を築ける人がどれだけいるでしょうか。

真っすぐにリンゴを差し出した者だけが、人と人との信頼関係を築くことができ、心の王座に座ることができるのかもしれません。

投資も同じ

タルムードはどんな業界、世界でも変換して考察することができます。

もちろん投資だって同じこと。

望遠鏡で見るだけの者

資産は手に入りません。

ましてや、「資産が増えないのは政治や社会のせい」と主張するなんて滑稽です。

じゅうたんでやってくる者

チャートを見に行っても何も手に入りません。

リンゴを差し出した者

あなたが持っている資産(マネーや時間)を差し出した者にのみ、資本主義社会の恩恵を受け取るチャンスがあります。

人の数だけ解釈のあるタルムード。

あなたはどのように解釈しますか?