Julio De Caro (フリオ・デ・カロ)
引用:Wikipedia

1899年12月11日 -1980年5月11日(80歳没 )

フリオデカロ楽団代表でタンゴの作曲家、バイオリニストです。

英才教育

クラシック音楽院の教授の家で生まれ、バイオリンを習得します。

1916年17歳の頃に、Eduardo Arolas エドゥアルドアローラス楽団に入団。

その後、Juan Carlos Cobián ファンカルロスコビアン楽団に入団、この楽団のバンドネオン奏者は、有名なPedro Mafia ペドロマフィアでした。

後にこの楽団は、代表兼ピアニストのファンカルロスゴビアンがニューヨークに移住してしまったため、ファン・カルロス・ゴビアン楽団を引き継ぐことになり、フリオデカロ六重奏団となります。

1924年のことでした。

ジャズとの融合

1930年代、アルゼンチンでもジャズが徐々に流行はじめ、
フリオデカロ楽団も、ドラムや木管楽器などを導入した
『オルケスタ・メロディカ・インテルナシオナル』 (Orquesta Melódica Internacional) という編成で、スウィングジャズ風のアレンジも行うようになります。

しかし、やはり保守層からの支持を得るまでにはいたりませんでした。

しかし、新しい演奏を目指す前衛姿勢は、後に高く評価されることになります。

1954年55歳で引退したフリオデカロは、
タンゴ界で『 デカリシモ 』 (decarismo) 、「デ・カロ的な」という言葉を残し、伝説となります。

デカロの引退後は、踊れるタンゴではなく耳で聴くだけのタンゴが主流となっていきましたが、踊れるタンゴとしての機能を失うことなく作編曲を行うという手法はデ・カロの特徴であり革新的な革命でした。

代表作品

フリオ・デ・カロ作曲

  • Boedo - ボエド
  • Todo corazón - トド・コラソン
  • Guardia vieja - グアルディア・ビエハ 
  • Orgullo criollo - オルグージョ・クリオージョ

これらの他にも、もちろん数多くの代表作品を残していますが、この中からBoedoをカバーしたものを紹介させてください。

https://youtu.be/X5yfMqu_5Ok

フリオ・デ・カロのオリジナルサウンドも気になる方はこちらのアルバムに収録されています!

Writer's profile

服部洸太郎
服部洸太郎
音大を卒業後ピアニストとして活動。
自身のピアノトリオで活動後北欧スウェーデンにてシンガーアーティストLindha Kallerdahlと声帯とピアノによる即興哲学を研究。
その後ドイツへ渡りケルンにてAchim Tangと共に作品制作。
帰国後、金田式電流伝送DC録音の名手:五島昭彦氏のスタジオ「タイムマシンレコード」にアシスタントとして弟子入りし、録音エンジニアとしての活動開始。
独立後、音楽レーベル「芸術工房Pinocoa(現在はKotaro Studioに統合)」を立ち上げ、タンゴやクラシックなどのアコースティック音楽作品を多数プロデュース。
その後、秋山庄太郎氏後継の写真スタジオ「村上アーカイブス」でサウンドデザイナー兼音響担当として映像制作チームに参加。
本格的に写真、映像技術を学ぶ。
現在はKotaro Studioにて民族音楽に関する文化を研究。
「誰かのためにただここに在る」をコンセプトに誰かがいつでも訪れ安心感が得られるサイトを模索中。