【二兎を追う者は一兎をも得ず】だったら十兎追いかけて一網打尽にしよう

※この記事は2020年10月29日に更新されました。

日本には昔から「二兎追う者は一兎をも得ず」ということわざがあります。

職人気質の強い日本ならではの言葉とも言えます。

寿司の世界では「飯炊き三年握り八年」、音楽(尺八)の世界でも「首振り三年ころ八年」と言われてきています。

しかし、少なくとも飯炊き三年握り八年は完全に崩壊しています。

数か月の寿司スクールで立派に独立して稼いでいる人が何人もいらっしゃいます。

「それは本質とは違う」という職人さんからの声が聞こえてきそうですが、残念ながら最小限の投資で最大限の利益を得ることこそが資本主義社会での本質です。

また、昨今では複数のジャンルの学びを得ることでレンジを広げ、より視野の広い叡智を手にすることができるという考え方も一般的になりつつあります。

十兎を追って一網打尽にできる世界

一昔前であれば、情報が世の中に出回っておらず、それこそ、寿司を握るためには寿司職人に弟子入りするしかありませんでした。

ピアニストになるには弟子入りするしかありませんでした。

写真家になるにも弟子入りするしかありませんでした。

しかし、昨今は情報を意図的に取捨選択しないと困ってしまうほど溢れかえっています。

質の良い情報を見極める能力こそ求められますが、100年前に1年かかって手に入れなければいけない情報は2020年現在では5秒で手に入ったりします。

自力で二兎は難しい・・・(人間は道具を使える動物)

自力で二兎追っていたらそりゃどちらも取り逃がすかと思います。

しかし、人間には道具を使う知能があります。

かけっこで追っかけたらそりゃ動物の能力の方が優れているケースも多々あることでしょう。

しかし、罠を仕掛けたり、なんらかの道具を使うことで例え何十兎いようとも一網打尽にする力を人間は備えているはずです。

その最たるアイテムがインターネット・テクノロジーだと言えないでしょうか。

ユダヤ人の考え方

ユダヤでも、同時に二つ以上のものに関心を持つことを推奨しています。

好奇心をいっそう旺盛に研ぎ澄ますのにも役立つと言われています。

そして、二つの分野が異なっているほど相乗刺激効果があるとも考えられています。

さらに、二つより三つ、三つより四つの方がよいともされています。

日本には「二兎追う者は一兎をも得ず」という諺があるが、今日では「一兎を追う者よりも二兎か三兎を追う者の方が、一兎を得る確率が高い」と言い換えるべきであろう。
ユダヤ人は古代から知識よりも知恵を重んじてきたが、知恵のピラミッドは広い知識の裾野の上に立つ。
底辺が狭くては大きなピラミッドは築けないのである。

ユダヤ商法

複数のスロットマシンプロセスモデル

カーネギーメロン大学教授で経済学と統計学を担当するロバート・ミラー氏はあるキャリアマッチングのモデルを創りました。

次のような架空のシナリオから作られます。

一人のギャンブラーがずらりと一列に並んだスロットマシンの前に座っている。
レバーを一回引いて得られる賞金は、スロットマシンごとに異なっている。
ギャンブラーはいろいろなマシンを試してみて、賞金が最も高くなる方法を探す。
ミラーはマッチ・クオリティーのプロセスもこれと同じだと示した。
最初は何も知識がないところから始め、このマシンで良いのかどうか、できるだけ早く情報が得られるやり方でさまざまな道を試す。
そして、どこにエネルギーを注ぐべきか、だんだんと考えを修正していく。

RANGE(レンジ)知識の「幅」が最強の武器になる

さて、みなさんはいくつのスロットマシンを回しましたか?!

ピエタの音楽院

「RANGE(レンジ)知識の「幅」が最強の武器になる」でも登場しますが、ピエタの音楽院の女性たちは複数の楽器を流暢に演奏することで有名でした。

ピエタ院 (Wikipedia)

  • 一つの楽器を20年間
  • 複数の楽器を学びつつ一種類だけ秀でている

日本であれば確実に前者の方が優れた演奏家とみなされるかと思います。

極道こそ美徳と考えられているからです。

棒を振るだけの指揮者はいない

音楽の世界一つとっても、棒を振ることしかできない指揮者はおそらくどこを探してもいないと思います。(筆者の感覚)

必ずピアノは弾けますし、他の楽器も触れます。

他のジャンルや他の楽器を幅広いレンジで学ぶことこそ楽曲に対してより深い分析を行っていけるからです。

誰でもダビンチになれる時代

インターネット、テクノロジーの発展で誰でもダビンチになれる時代がやってきました。

  • 道具を使わずに原始人のように一兎を追い続けるか。。。
  • 知能と道具を駆使して一網打尽にしてしまうのか。。。

これらを選ぶことができる選択の自由が与えられる時代となりました。

私たち日本人もまた、江戸時代の極道・職人こそ美徳という価値観からそろそろ移行し始めてもいい頃なのかもしれません。

みなさんの参考になれば幸いです。