フィルムライカのオーナーになる決意が固まった人が〜ライカを買う前に読む記事

この記事についてライカが欲しいけど、一体どれを選べばいいかわからない・・・という方のために、初めてライカを購入するための筆者の考え方やおすすめの機種をご紹介。

ライカの選び方

一言にライカといって検索してもいろんな種類があって、迷ってしまう方も多いかと思います。

まずは大枠の二択から順番にミクロ化していきながら一緒に考えてみましょう。

デジタル or アナログ

ざっくり一目でみるとこんな感じ。

デジタルカメラの領域だと他にもラインナップが用意されています。

しかし例えばLEICA Qを狙っている方は最初からダイレクトにLEICA Qに決めているでしょうし、LeicaのAPS-Cモデルを選ぶのであれば、他に検討した方がいいでしょう。

ポイントライカのAPSを否定しているわけではなく、やはり35mmの歴史を創ってきたライカです。
多種多様な個性を持ったレンズもたくさん発売されてきており、マニュアルやオート問わず、創りたい作風や、写真によって時代を超えてレンズを選択できるという利点がありますが、デジタル機でAPS機を選択してしまうと、次にレンズ選びに四苦八苦してしまうことになるかと思います。
APS機にフルサイズ用のレンズを使うのは勿体無いですからね。
おそらく上記のような理由から現在公式サイトではAPS機がラインナップされてはいるものの、クリックすると「お探しの商品は見つかりませんでした」と表示されます。
中古で見つけるしかなさそうですが、どうしても欲しい場合はレンズのことまでしっかり検討してから購入するようにしてください。

ライカオンラインストア

この中でも今回はフィルムライカについて考察してみましょう。

といいますのも、デジタルカメラの場合は「旬」があります。

そのため記事自体の情報が古くなる可能性もあります。

フィルムの場合はすでにクラシックカメラの領域になりますので、「旬」もありませんし、「お仕事」での使用も考慮する必要がありません。

クラシックカメラとしてすでに歴史に名を刻んだライカだからこそ、徹底的に愛好家、趣味を極めていけるわけですね。

M型 or バルナック

さて、フィルムライカには二つの時期があります。

35mmカメラの元祖とも言われるバルナック型ライカと、バルナック型から新しいシステムへ移行したM型ライカ。

バルナック型は1926年にA型から始まり、1956年のⅢg型まで歴史は続きました。

戦後カメラの生産も安定してきた1954年にM3が発売。

1957年にはM2が発売されています。

Ⅲg型よりも早くM3が発売されていますが、Ⅲg型はいわば移行期間機という感覚でしょうか。

詳しくはこちらの記事でざっくり歴史を把握してください。

バルナック型ライカの歴史を辿る / Oskar Barnack

ではどちらがいいのでしょうか?

整理していきましょう。

M型は現行のデジタルライカカメラのLEICA M-Systemでレンズが共有できます。

フィルムのM型とデジタルのLEICA M-Systemはシームレスに使えるわけですね。

いわば現役機種です。

一方でバルナック型ライカは時代的にも現代への互換的にもすでに骨董品級の存在であると言えます。
最重要ポイント!!!さて、これは最も重要な点ですが、バルナック型ライカのL39マウントレンズは、M型ライカにマウントアダプター経由で装着できます。
しかし、逆ができない。
ここは非常に重要です。
もし将来的にバルナック型も使ってみたいと胸に秘めているのであれば最初はバルナックから入り、デジタルのM型に移行してもバルナック型のL39マウントはアダプター経由でそのまま使えますから、バルナック型がおすすめです。

ただしバルナック型の方が扱いは難しいです。

手がかかってもいいから35mmカメラの歴史を感じながらじっくりライカと向き合いたい方はバルナック型を。

デジタルへの移行も視野に入れてしっかり実用的にガンガン使いたい方はM型ライカを選択してください。

バルナック型のおすすめは?!

Sigma 18-50mm F2.8 DC DN + Sony a6500

シグマ 18-50mm F2.8 DC DN 忖度なしレビュー

やはり1950年~1957年の間に約184300台製造Ⅲf型がおすすめ。

バルナック型の完成形として認知されているⅢf型は完璧度が高いカメラで、Ⅲg型が一応の最終型となっていますが、Ⅲg型はM型移行組のためのクッション的機種であると考えられています。

実際にM2とスプール(スプールだけでレンズはシェアできません)がシェアできる仕様になっていたりと、「これからはMに移行してくださいね・・・」というニュアンスも感じます。

コレクション用に購入されたものが多く、状態が非常にいいものも多いですが、その分お値段もコレクション用価格となっていることも多く、写真を撮るという本質を目的とする場合はⅢf型がやっぱり完璧で中古市場でも適正価格を探りやすいといった特徴があります。

血を吸っていないライカ

Ⅲf型の一つ前のモデルは1935年~1948年の間に92600台製造されたⅢa型があります。

終戦後も製造されてはいますがやはり戦前から戦争を乗り越えたカメラは状態がどうなっているか不明なものも多く、中古でも一見使えそうに見えてジャンク品を掴みやすい。

それにやはり血を吸っているライカというのがあります。

感じる人は拭き取られたものでも感じることになるでしょう。

戦後世界中がコピーすることになるバルナック型ライカは、第二次世界大戦時は多くの戦地で戦場カメラとして活躍していました。

今ではさすがにありませんが、インターネットで中古品の売買がはじまった黎明期には、中古のライカを購入したら戦地を撮影したフィルムが出てきた・・・なんてことが過去にあったくらいです。

こういった歴史的背景に価値を持つ方はコレクターとして選択するのもあり。

筆者は血を吸っていないライカがいいです。

M型ライカのおすすめは?!

初心者はM型ライカの完成形と言えるM6がおすすめ!

露出計が内蔵されていることもあり、撮影に関する知識がほとんどなくても、露出計に従いさくさく撮影することができます。

日中のスナップが中心の方にとってはだんだん露出計はいらなくなってきますが、やはりいざというときのために露出計は必ず携帯しなければいけませんが、ボディに内蔵されていると荷物が一個減って軽快です。

フィルム写真にある程度慣れている方や、露出なんかも感で結構やっちゃうという方はM2がベストです。

余計な機能が一切ついていないまさにシンプルの極み。

M2までのライカはまさに孤高の存在としてカメラの哲学を追求して製造設計されてきたライカですが、M2以降は徐々にマーケットとの市場競争が働いてきます。

迷走モデルも登場しつつのM6に落ち着いた・・・という流れがあるわけです。

1967年発売のM4も人気の機種の一つですが、この頃から日本のカメラ市場が世界の中心になりつつある時代。

1971年のM5はあまりの不人気から生産停止となり、一度生産中止したM4(M4-2やM4-Pへ)を再生産する・・・という事態に陥っています。

ポイント1971年と言えばキャノンの伝説的フラッグシップ機であるF1が登場した年でした。
連続撮影10万回に耐える強靭な耐久性能、+60°Cから-30°C、湿度90%で耐える耐環境性能など、日本らしさ満載の日本企業が大躍進の時代でした。
ピアノの国イタリアでもヤマハのピアノが爆発的に売れ出したのもちょうどこの頃だと思います。
メモこの時期からライカという会社自体も大転換の時期を迎えます。
時代が変わり経営が成り立たなくなったライカ社。
スイスの測量機メーカーであるウィルドがライツ一族の株式を買い取り、エルンスト・ライツ3世は代表権を失い、1979年9月8日死去しました。
ウィルドが欲しかったのはライカの光学技術であり、カメラ事業には注力しませんでした。

ライカやフォクトレンダーを始め光学メーカーにとってカメラは事業の一つの分野であって、基本的にその光学技術は多方面で活躍しています。

ライカももちろん科学分野の製品も多く持っています。

Nikonは半導体メーカーで、カメラも作ってるの?という科学者やプログラマーもいらっしゃるかと思います。

1939年頃の医療機器 / 出典と引用:The Leica Collector’s Guide. 1925-1960.(Scan:Kotaro Studio)
出典と引用:The Leica Collector’s Guide. 1925-1960.(Scan:Kotaro Studio)

こういった歴史的背景があるため、M型ライカを買うならウィルドに解体される前の伝統的ライカのクラフトマンシップを感じられるM2か、紆余曲折を経て辿り着いたM型ライカの一つの答えであるM6の2機種がおすすめです。

日本のバブル時代の逸話

ちなみに1971年というと世界経済も激動の時代を迎えます。

そう、ニクソンショックです。

円やドル / 外国為替市場の歴史をざっくり把握する

ニクソンショックから1985年~プラザ合意、そこから最終的にバブル崩壊までの期間で日本は空前のお立ち台状態を迎えるわけですが、この時期に多くの日本人(特にカメラに興味のなかった層)が有り余るお金でライカに手を出し、真っ白か真っ黒かピンボケだらけの現像結果に驚きすぐに売却するという事態が起こったという話を聞いたことがあります。

メモそんな事態を受けてかどうかはわかりませんが、1986年7月1日に写ルンですが発売され、ベストセラーとなっています。

デジタルの場合は互換性を考える

デジタルで選択する場合はMシステムかSLシステムかで選択すればOK。

Mシステムの場合は主にMマウントレンズ資産がある方向けになりますし、SLシステムの場合は、PanasonicやSIGMAとの互換性があります。

そのため、SLのデジタルライカを写真機として、PanasonicのLマウント機を動画機として、といった使い分けもできるので、レンズにも思い切った投資ができます。

Panasonicは動画業界では確固たる地位を築いていますので今後もラインナップが楽しみなメーカーですし、SIGMAは独特の世界観で根強いファンの多いメーカー。

どちらもライカのSLシステムと兼用するとなれば思い切ってレンズ資産に投資していいメーカーであると考えられます。

まとめ:Ⅲf or M2

      
  1. バルナック型で選ぶならⅢfがおすすめ。
  2.   
  3. M型で選ぶならM2がおすすめ。
  4.   
  5. バルナック型(L39)マウントはM型でも使用可能。
  6.   
  7. M型レンズはバルナック型には付けられない。

このような感覚になります。

ライカという歴史、社員は家族という経営哲学で一つ一つにシリアルナンバーを刻印し管理していた古き良きクラフトマンシップを存分に感じたいなら是非Ⅲfを検討してください。

デジタルでもライカの予定でMレンズの資産を構築する予定の方はM2を。

M2以降はライカの迷走期に入ります。

良いものは良い:ジャーマンクラフトマンシップ

とにかく良いものを創る。

売れるか売れないか?

そんなことは知らねえ。

良いものは良い、それだけだ。

という言葉が聞こえてきそうなこの感覚はドイツの伝統的な企業に根付いています。

音楽分野でいうとオーストリアで1828年に創業したベーゼンドルファーを彷彿とさせます。

やはりベーゼンドルファーも徹底的にクオリティーのみを追求した結果経営難に陥り現在はヤマハの完全子会社となっています。

良いものを信じてその信念だけで創られた作品だからこそ、時代を超えて評価、再評価される。

そんなニュアンスをバルナック型ライカには感じます。

いろんなフィルムカメラを手にしてきましたが、バルナック型ライカを手にした時の「良いものに触れている」という圧倒的な感覚は他のどのカメラでも感じませんでした。

モノ創りジャパンは確かにすごい。

ヤマハのピアノもですし、トヨタの車もノーメンテで動き続けますし、決して狂わない時計もあります。

イタリアで放送されたことのあるヤマハのCMで「大雨に降られたヤマハのピアノが翌日のコンサートでそのまま使って演奏会ができる」という描写のものがありましたが、モノ創りジャパンの真骨頂はここにあります。

一方でベーゼンや、ドイツ人ピアノ製作者ハインリッヒ・エンゲルハルト・シュタインヴェークによって創られたSteinwayなどは、ナマモノであり、徹底的に管理された環境と調律師が時間をかけてメンテナンスをしなければそもそも音が鳴りません。

でもだからこそ、生き物であり、そこに生命を感じることができると言えます。

ベーゼンは弾き手を選びます。

ベーゼンに嫌われた弾き手が弾いても決して美しい音を鳴らしてはくれません。

そんなモノと意思疎通ができる、モノと付き合う、パートナーになる。

こんな感覚がモノ創りジャーマンクラフトマンシップであると言えます。

そんなジャーマンクラフトマンシップを体験できるのがライカであり、やはり唯一無二のカメラであると感じます。

Kotaro
Kotaro
服部 洸太郎
音大を卒業後ピアニストとして活動。
自身のピアノトリオで活動後北欧スウェーデンにてシンガーアーティストLindha Kallerdahlと声帯とピアノによる即興哲学を研究。
その後ドイツへ渡りケルンにてAchim Tangと共に作品制作。
帰国後、金田式電流伝送DC録音の名手:五島昭彦氏のスタジオ「タイムマシンレコード」にアシスタントとして弟子入りし、録音エンジニアとしての活動開始。
独立後、音楽レーベル「芸術工房Pinocoa(現在はKotaro Studioに統合)」を立ち上げ、タンゴやクラシックなどのアコースティック音楽作品を多数プロデュース。
その後、秋山庄太郎氏後継の写真スタジオ「村上アーカイブス」でサウンドデザイナー兼音響担当として映像制作チームに参加。
村上宏治氏の元で本格的に写真、映像技術を学ぶ。
祖父母の在宅介護をきっかけにプログラムの世界に興味を持ち、介護で使えるプログラムをM5Stackを使って自作。
株式会社 ジオセンスの代表取締役社長:小林一英氏よりプログラムを学ぶ。
現在はKotaro Studioにてアルゼンチンタンゴをはじめとした民族音楽に関する文化の研究、ピアノ音響、さらに432hz周波数を使った癒しのサウンドを研究中。
スタジオでは「誰かのためにただここに在る」をコンセプトに、誰がいつ訪れても安心感が得られる場所、サイトを模索中。