91歳のタンゴ歌手が人生最後の日に残した歌とは?!

Osvaldo Peredo(オスバルド・ペレド)というタンゴの黄金自体1930年に生まれたタンゴ歌手が、先日1月24日に亡くなりました。

91歳という人生の最後の最後まで歌い続け、入院先の病院で静かに息を引き取りました。

それでもまだまだ彼の歌が聞けると思っていたタンゴファンにとってはとても悲しいニュースでした。

しかしそんなファンにサプライズが訪れます。

実は彼が亡くなったその日に最新アルバムがリリースされていたことが今日アルゼンチン国内で大々的にニュースとなりました。

Osvaldo Peredo (オスバルド・ペレド)さんのこと

1930年にボエドで生まれました。

5歳の頃からサッカーをし、その才能を発揮させており、サッカーをしながらタンゴを歌う。

という、まさに「アルゼンチン人」ならではの才能で若かりし時を過ごします。

サッカーとタンゴについてはこちらから。

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San Lorenzo (サン・ロレンソ)というサッカークラブでプロのサッカー選手として活躍していたのですが、コロンビアのバランキージャのサッカークラブからスカウトされ、コロンビアに移住。

本当にサッカーがうまかったことがわかります!

コロンビアのサッカークラブを引退したのち、タンゴ歌手として活動する事を決めて、コロンビアのメデジンに移動し、そこで3枚のCDをリリースしました。

ベネズエラへ移住後、30代の頃にあたる1960年代にアルゼンチンに戻ります。

アルゼンチンに戻ってからは、「自由奔放な歌手」として夜のバーに出没しながら歌い続けまました。

別の一面自由に歌手をしながらも、タクシーの運転手、ビルの管理人、本屋などなど、色々な仕事と併用して生活していました。

90年代に、アルマグロの「ロベルトのバー」(El boliche de Roberto) で歌っている時に、他のタンゴ歌手や、タンゴミュージシャンと出会い、「こんな歌手がいたのか!」と皆に驚かれます。

それからというもの、オスバルドは、いろんなグループに引っ張りだこ。

古い歌い方のスタイルを伝承しながらも、どんな人とも歌う。若者の間に入って、どんな編曲もすんなりと受け入れて、歌い上げる。

人懐っこいキャラクターがとても大人気でした。

筆者も彼の率いる4重奏で弾いておりました。

最後の彼の作品『El cantor』

彼が亡くなった1月24日、まさに時を同じくして、彼の新しいアルバムの配信が開始されていたそうです。

タイトルは、『El cantor』(歌手)。

プロデューサーは、Javier Sanchez (ハビエル・サンチェス)。

このプロデューサーの新しいタンゴ、ワルツによる一枚で、オスバルドのもつ古典的なスタイル、独自なスタイルで、新しい楽曲を収録することに取り組んだそうです。

2018年に発案されたこのアルバム制作案ですが、録音までの過程が長引き、その後パンデミックも続き、かなりの変更を加えての作成になりました。

本来なら・・・大編成のオーケストラでの録音を予定していましたが、パンデミックで人が集まれない、また、予算の関係もあり、収録はギターと、ギタロン(バスギター)で行われました。

2021年の12月までこの録音は行われ、録音が終わり、2022年1月音源を確認していた時に、こんなことをつぶやいたそうです。

「よし。素晴らしい録音だ。これらの作品は、新たな人生を歩んでいくだろう。彼らに任せた。私はもう自分から離れて行っているように感じる。」

そんな彼の最後の作品の中から一曲

「彼の教えてくれたことは計り知れなく、これからも私たちと共に歌い続ける」と多くの人が言っています。

アルバム”El cantor” のSpotify はこちら

Shino
Shino
大長 志野
2011年より南米アルゼンチン・ブエノスアイレスで生活。
現地のタンゴシーンで数々の作品に携わり、作品をリリース。
ブエノスアイレスではタンゴ楽団Barrio Shinoを結成して活動。
2018年には同バンドにてアルゼンチンタンゴの巨匠:ロベルト・アルバレスをゲストに迎えた「Festejando」をリリース。
2021年より正式にアルゼンチンへ移住し、現地のタンゴシーンでタンゴピアニスト兼アレンジャーとして活躍。
Kotaro Studioにて写真撮影、録音技術 & 映像、音響編集技術講座を修了し2022年よりスタジオ内ブログにてカメラやマイクの初心者向けの記事の更新や動画のカラーグレーディングも担当。